じかんどろぼう

四十物茶々(あいものちゃちゃ)です。ゆっくりとSSを上げていきます。

100日経っても幸せなヤツ

【100日経っても幸せなヤツ】40日目

その日、生き物は布団から起き上がれなかった。体の中に熱せられた鉄が流し込まれたように熱く、ずっしりと重く、自由が利かない。視野がぼんやりとしている。滲んだ視界で捉えられるのは、見慣れたベッド周りだけだ。 ああ、寂しいなと生き物は思った。 ず…

【100日経っても幸せなヤツ】39日目

今日の生き物は地面に何かを書き込んでいた。固く尖った石で地面を削り、様々な絵を描いている。ごりごりと地面と石をぶつけ合わせて書いているのは何なのだろうか。絵の様でもあり、文字の様でもある。生き物にしかわからない言語なのだろうか。 ひとしきり…

【100日経っても幸せなヤツ】38日目

今日の生き物は午前中を寝て過ごした。ゴロゴロと呑気にベッドでまどろんでいる。 窓から差し込む光は柔らかく、ほわほわとした空気が生き物を淡く照らしている。ふわぁと呑気に大きなあくびを零して、生き物はまたごろりと転がった。ぐーっと両手と両足を伸…

【100日経っても幸せなヤツ】37日目

今日は、藁のベッドがへたってきたため、生き物は、鎌を片手にザクザクと雑草を刈ることにした。しっかり乾燥させればベッドの芯になってくれる筈だ。キラキラと輝く光の泡を抜けて少し薄暗い谷の隅に来て、伸び放題の雑草に手を伸ばす。鈍い銀色の刃物を雑…

【100日経っても幸せなヤツ】36日目

今日生き物は、先日作ったブランコの上に居た。ゆっくり足を漕ぎながら風を切る感覚を楽しんでいる。振り子運動を続けるブランコは前へ後ろへ、生き物の体を運んでいく。毛の間を通る風が心地よい。 胸の中にある黒くて硬くなった思いが、ゆっくりと風に解さ…

【100日経っても幸せなヤツ】35日目

生き物の生活に日常が戻ってきた。朝、窓をガタガタ揺らすドラゴンの姿はない。顔を無遠慮に舐める猫もいない。代わりに真っ赤に実った木の実が、机の上に無造作に置かれていた。 生き物はその実をちぎって口に放り込んだ。ころころと口の中で転がした後、ぎ…

【100日経っても幸せなヤツ】34日目

今日、生き物はざらりとした生温いものに毛を逆立てられる不快感で目を覚ました。うっすら目を開けると目の前には黒い猫が一匹。ざりざりと顔周りを執拗に舐められているのを感じた。 何事だ?と困惑し、思考を停止させていると「ギャア」とドラゴンが鳴いた…

【100日経っても幸せなヤツ】33日目

先日から聞こえていた猫の泣き声が徐々に近くなっている。生き物の頭の中にあった予感は、ほぼ間違いのない確信に変わっていた。このドラゴンと声の主は恐らく知り合い。育児放棄された子ドラゴンを猫が匿い、育てているのだろう。 ここまで推理して、生き物…

【100日経っても幸せなヤツ】32日目

生き物の生活を観察し始めてから、1カ月が過ぎた。生き物も、最近は子ドラゴンとの生活も悪くないと思い始めている。子ドラゴンの方も生き物を信頼しているらしく、傷の手当てをはじめ生活の殆どを委ねていた。まるで、世話されるのが当然という態度に少し…

【100日経っても幸せなヤツ】31日目

生き物の生活に新たな仲間が加わって、4日が経った。 傷の手当てもだんだん手馴れてきた。今日もいらない布を引きちぎり包帯にすると、特製の傷薬を刷り込こんで手早く傷口に巻き付ける。もう最近は子ドラゴンの方も施術され慣れたもので、あの耳をつんざく…

【100日経っても幸せなヤツ】30日目

歴代最高傑作の薬膳スープを見事にひっくり返した子ドラゴンを、睨みつけながら生き物はこのドラゴンの事を考えていた。まだ体が随分と小さい。恐らく親とはぐれた後、木々にぶつかる等して怪我を負ったのだろう。傷の具合から数日でよくなるものと推測でき…

【100日経っても幸せなヤツ】29日目

昨日助けることを決めたドラゴンの翼の傷に、特製の傷薬を塗りこむと生き物は、慣れた手つきで端切れを裂いて作った包帯を巻いた。塗り薬を塗りこまれると「ギャァ」と奇声を上げるが、それ以外は大人しい子ドラゴンに、敵対の意思がないことを確認して、生…

【100日経っても幸せなヤツ】28日目

水を汲もうと湖畔に出向いた生き物の黒々とした目に飛び込んできたのは、小さなドラゴンだった。生憎今手元にあるのは桶ぐらいだ。襲われたらひとたまりもないな、と内心冷や汗をかきながら、生き物はゆっくりと湖畔に近付く。生き物が湖畔の水を汲もうとか…

【100日経っても幸せなヤツ】27日目

毎日の繰り返しは平和の象徴だ。 人間である僕たちは、毎日の繰り返しを窮屈に感じ、時間を無駄に消費していると感じてしまう時があるが、生き物は違う。毎日太陽が昇るまで眠れる幸せを噛みしめ、朝食を食べられる幸せを全身で感じている。藁でできた寝床の…

【100日経っても幸せなヤツ】26日目

生き物が遺物の本を見つけたのは、谷の底の奥、暗い暗い洞窟の中だった。槍や斧、包丁などもここで手に入れたが、人の姿は全くなかった。骨すら残っていなかった。ただ、無造作に遺物が残されているだけだった。 これでは、以前の人間が何をしていたのかは生…

【100日経っても幸せなヤツ】25日目

生き物は生まれた時から独りぼっちであったが、寂しいと感じたことがない。それは、一人で生きるのが当然であったからか、それが生き物の生き方であったからかは分からない。しかし、一人で生きるのは楽しいが、この気持ちを誰かと共有としたいと思っていた…

【100日経っても幸せなヤツ】24日目

今日は朝から黄色の花弁を広げる花の根を煎り、ひいた物をドリップする生き物の姿があった。生き物の手元の古文書のように古い本には掠れながらもなんとか読める字で「タンポポコーヒー」の8文字が躍っている。きっとこれを作っているのだろう。生き物は部屋…

【100日経っても幸せなヤツ】23日目

昨日は酷い目にあった。 結局あの後、生き物の生態を見飽きたらしいドラゴンは大きな風を一つ起こして空高くまで飛んで行った。その後は、復旧工事だ。飛んだ屋根の板を拾い上げ、釘を使って修理し、家の周りに飛び散った木々を掃除して、通れる道を作った。…

【100日経っても幸せなヤツ】22日目

今日は、朝から風が強い。屋根を構造している木々が飛んで行かないように生き物は昨日の時点で、先手を打っておいた。屋根の上に積まれた土嚢が彼らが飛ぶのを阻止してくれる筈だ。 ガタガタと窓が大きな音とを立てる。日頃穏やかな谷の底の気候にしては珍し…

【100日経っても幸せなヤツ】21日目

昨日釣った魚ははらわたを取って、塩をまぶし、紙に巻いて、冷暗所で休ませていた。紙をゆっくりと剥がすと随分と水分が出た魚がしっとりと横になっている。艶やかなその肌を包丁の背で撫でて、生き物はゆっくりとその身に刃物を滑らせた。向こうが透けるほ…

【100日経っても幸せなヤツ】20日目

今日の風は一段と穏やかだ。今日の風は、ラルゴの気分らしい。先日作ったブランコに乗りながら、生き物は風に揺れて耳を音色に傾ける。 今日は君と生き物が出会って20日目の記念日だ。しかし、生き物の生活は今日も変わらない。今日の夕食は何にしようか?そ…

【100日経っても幸せなヤツ】19日目

幸せとは何だろうか。 生き物は、長い時間ここで暮らしてきた。それが幸せなことだということを知っている。生き物は、夢を持っている。それが幸せなことだということを知っている。生き物は、谷の底に守られて生きている。それが幸せなことだということを知…

【100日経っても幸せなヤツ】18日目

生き物はこの谷で生まれた。 この谷の底は、生き物にとって住処であり、全てを与える母であった。生き物はそれをわかっている。しかし、この谷の外の事が気になって仕方がない。谷の外から来る他の生き物の存在が、外の世界の存在を確かな物にさせていたから…

【100日経っても幸せなヤツ】17日目

早朝、生き物の耳は聞きなれない音を拾い、目を覚ました。 安眠を邪魔したやつの存在は許せない。 生き物は勢いよく扉を開けると、家の前に陣取っていた巨大な虫に向かって蹴りを入れた。異音の正体はこの虫の羽音だったのだ。ぶわっと虫が飛びあがり非難の…

【100日経っても幸せなヤツ】16日目

昨日拾ったペガサスの羽は綺麗に櫛を通されて、窓際に飾られている。日を受けて、ペガサスの羽は白く輝き、小屋の中を七色に照らしている。もぞもぞと生き物は寝床の上で身を捩じる。長い耳を短い手で梳かした後、ぴーんと体を伸ばす。 今日はずいぶんと眠い…

【100日経っても幸せなヤツ】15日目

生き物が朝起きると、大きな足跡が一繋ぎ、谷の奥へと続いていた。生き物は物置に置いたクワを持ち、ゆっくりと足跡を追っていく。池の畔まで歩いてくると、水辺に大きな翼をもつ馬が座っていた。ペガサスだ。悠々自適に水を飲みくつろいでいる。生き物は構…

【100日経っても幸せなヤツ】14日目

君と出会って2週間が経った。生き物の生活は今日も変わらない。 昨日繋いだロープの両端を木の枝にかけて結び、板を間に嚙ませた。ぶらんぶらんと風に揺れるそれに乗れば、簡易なブランコの完成だ。 外には出たいと思うが、それは今すぐではないということ…

【100日経っても幸せなヤツ】13日目

生き物に兄弟はいない。家族もいない。しかし、生き物は孤独を感じたことはなかった。 谷の底に吹き抜ける風は日々柔らかく、池の水は澄んでいていつも喉を潤してくれる。谷の鉱石は光を拡散し、谷の底はいつも七色の光に包まれていた。 生き物が孤独を感じ…

【100日経っても幸せなヤツ】12日目

谷の底に湿気た風が吹き込んできたのは午後を過ぎた頃だった。そろそろ季節が変わるらしい。湿度を含んだ風が生き物の毛をうねらせる。谷の底は基本的に湿度も、温度も一定に保たれているが時々こうして外界の匂いが混ざる時がある。生き物はぶるぶると体を…

【100日経っても幸せなヤツ】11日目

昨日作った鳥のスープが二日目、美味しそうに炊き上がっていた。香辛料と鳥の出汁が出たスープは黄金色に輝いている。お玉で掬って生き物はじゅっとスープを吸い上げた。香ばしい黄色の味がする。 今日はこのスープと菜っ葉を使ってお昼ご飯にしよう。 小屋…