じかんどろぼう

四十物茶々(あいものちゃちゃ)です。ゆっくりとSSを上げていきます。

【100日経っても幸せなヤツ】100日目【完結】

さて、生き物の生活を記録し続けて100日が経った。
皆さんはこの生き物の生活をどうおもっただろうか?
友人の一人として楽しんでもらえただろうか。

天使は、ゆっくりとペンを置き、ベッドに振り返る。
ベッドの上では小さく丸まった猫と生き物が寝息を立てている。
窓から外の小屋を眺めるとドラゴンが猫と同じように小さく丸まっている。

これは幸せの紡いだ物語だ。
君が少しでも普段の生活を辛く思ったら思い出して欲しい。
ひとりぼっちの生き物などいないのだ。

君も、僕も、そしてこの生き物も。
小さな幸せを沢山抱えて生きている。
心が苦しくなったときは、世界が辛く思ったときは、一度その荷物を降ろして、手の中に残った小さなひとかけらを思い出して欲しい。

私の願いはそれだけだ。

【100日経っても幸せなヤツ】99日目

朝、猫が目を覚ますと見慣れた小屋は姿を消し、大きく立派な家がそこに立っていた。
思わず飛び上がった猫に、生き物はやり遂げた達成感を浮かべた顔で近づき、手を伸ばす。
その手の毛はぐちゃぐちゃに絡まっており、よく見ると全身毛玉ができていた。
随分と張り切って頑張ってしまったらしい。
猫はまだ眠っているドラゴンと天使を叩き起こし、木造の玄関ポーチを上った。
まだ眠そうなドラゴンは、家の横に併設させた屋根付きの小屋の中に納まって丸くなり、寝息を立て始める。
天使はずいぶんと嬉しいのか小躍りしながら家の中を探索し、キッチンの広さに感激していた。
猫はというと一部屋一部屋緻密に確認し、満足したらしく生き物の肩に乗ってその顔をグルーミングした。

今日からみんなで家族だ。
一緒に暮らそうと伝えると、天使は「勿論だよ」と笑って生き物を抱きしめた。
外ではドラゴンが唸っている。

初日から思い思いな仲間たちを嬉しく思いながら、生き物はまた鼻の下を擦った。

【100日経っても幸せなヤツ】98日目

今日、生き物は今まで住んでいた小屋を立て直すことを決意した。
何故なら、沢山増えた仲間たちが安心して生活できないからだ。
生き物は朝早くから起き、材料を調達して回った。
途中ドラゴンが手伝ってくれて思ったよりもずいぶん早く作業は終わった。

午後からは、天使の作った昼食を食べながら、家の屋根を剥いだ。
小屋の壁も叩き壊す。
トンカントンカンと慣れた手つきでドンドン解体し、ドンドン修繕していく生き物を三匹は茫然と見つめていた。
余りにも生き物が有能なので、開いた口が塞がらない。

「今日は、野宿だね」
天使の提案に猫とドラゴンは仕方ないなぁと小さく鳴いた。

【100日経っても幸せなヤツ】97日目

今日も谷の底はいい天気だ。
小川で釣竿を垂らす生き物の横で、天使がおっかなびっくり餌を針に刺している。
猫はというと朝からドラゴンと一緒に散歩に出かけて行った。
元気な二匹を見送って、今日の夕食を調達しようと小川に来たのだ。
わたわたしている天使の横で、ぽんぽん釣り上げる生き物の顔はどこか誇らしげに見える。

「すごいね」

素直に称賛する天使に鼻の下を擦りながら生き物はにっこりと笑った。
言葉は相変わらず伝わらないが、言っていることは分かるようになってきた。

「あんまり擦ると、人中の毛だけ薄くなっちゃうよ」

顔を見合わせて笑う天使と、生き物の間に口に大きな鹿を咥えたドラゴンと、誇らしそうな猫が顔を出した。
驚いた生き物の籠が川に転覆して釣った魚たちが逃げていく。
あーあ、と肩を落とす生き物に首を傾げる二匹を見て天使は「シュチュエーションを考えようね」と諭した。

今日は図らずしも鹿肉のステーキだ。

ハーブを摘んで帰路につく、生き物一行は楽しそうに列をなしていた。

【100日経っても幸せなヤツ】96日目

生き物は、昨日気付いたことを反芻していた。
確かに数カ月前まで、生き物には友人がいなかった。
生きる意味は、自分を生かすため、少しでも長く生きて子孫を繫栄させる事だった。

感情の意味も分からなかった。

そんな生き物に急激に変化が訪れ、種族の違う仲間ができ、今一緒に生活している。
自由な猫とドラゴンは、気が付いたら探検に行っているが、またふらりと帰ってくるようになった。

これは「幸せ」だ。

生き物は手に入れた「幸せ」があまりにも脆く、あまりにも輝いていることに気が付いた。
そのことの尊さと恐ろしさを実感して震える生き物の肩を天使が小さく叩く。

「大丈夫」と囁きながら天使は生き物を抱きしめた。
こんなことをされたのは初めてだ。ぬくもりが温かく、柔らかい。
思わず涙腺が緩む生き物は、声を殺して小さく泣いた。

【100日経っても幸せなヤツ】95日目

片羽になった天使の背中に軟膏を塗りながら、生き物はぷりぷり怒っていた。
昨日からずっと怒っている生き物に天使は「ごめんね。ごめんね」と申し訳なさそうに小さくなっている。
猫はというともう相手をするのも飽きたのかゴロゴロと転がって、昨日とは打って変わって温かくなった谷の底の天気を堪能していた。

昨日、天使から羽を受け取った二枚羽の天使は泣きながら「お疲れさまでした」と言って去っていった。
どうやら、天使が羽を捥ぐときは役割を終える時らしい。

綺麗に捥がれているが、背中の傷が痛々し過ぎて生き物はぷりぷりと怒っている。
怒って軟膏を塗りながら、ふと、生き物は何かを思い出す。

怒っている?何故?

いつの間にか出来上がっていた感情の起伏を実感して生き物の手が止まった。
何事か分からなかったらしい天使が振り返って「どうしたんだい?」と問いかける。
生き物は小さく首を振って、にっこりと微笑んだ。

これは幸せの一つだ。

【100日経っても幸せなヤツ】94日目

今日は何やら朝から不穏な空気が漂っている気がした。
谷の底に嫌な風が吹いている。
生き物は珍しく威嚇するように喉を鳴らしていた。
高い高い谷の上から、何やら光る物が飛んでくる。
生き物は半歩後ろに飛び避けると、今まで立っていた場所に金色の矢が刺さった。

「見つけましたよ!先輩!」

天使の部下と思わしき若い二枚の羽根の天使が大声で天使に呼び掛けた。

「天界に帰りましょう!」

二枚の羽根の天使の要求をやんわりと首を振ることで否定した天使は、自身の右肩に手を添えて、羽を掴んだ。
バリッと音を立てて羽が千切られる。
その様を見た二枚の羽根の天使は大きな悲鳴の声を上げた。
生き物は長い耳を思わず畳んでその爆音をやり過ごす。
綺麗に片側二枚の羽根を引き裂いた天使は「これを持って帰って、私は死んだと言ってくれ」と、二枚の羽根の天使に託した。
四枚の羽根から、片側二枚の羽根になった天使は「大丈夫だよ」と生き物の頭を撫でる。

「私が、ここにいる我儘を許してくれ」

天使の懇願する声は谷の底の風に吹かれて消えた。